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おやすみなさい

おやすみなさい(睡眠時間帯って大切)

070702_1944~01-s.jpgおチビの頃のトラちゃんの寝顔でお送りしますのは、睡眠に関する実体験に基づいた感慨です。

つい最近まで、ちょっとした事情があって、夜更かしをせざるを得なかった私です。

それも、午前1時、2時に就寝という、ある意味常識の範囲内の夜更かしではなく、午前4時、5時まで、仕事をしているというような、やや常軌を逸した夜更かしを一か月以上、続けていました。

そして、何が起こったか、と申しますと、尋常でない疲労感と、背中から方にかけての異常な凝り、そして、毎食後のすさまじい眠気といったものに襲われました。

そんな不具合を抱えながらも、事情があって、朝の5時から10時まで睡眠をとりながら、この生活を続けていた私です。

しかし、このほど、思うところあって、やはり、この生活パターンを変更することにしました。

つまり、どんなに遅くても、午前1時には就寝する生活に戻したのです。

すると、嘘のように、さまざまな不具合が、解消され始めました。

朝から、快調な日々を送りながら、思うのは、睡眠時間帯をどこにおくかということは、かなり重要なことなんだな、ということです。

ただ、5時間から7時間の睡眠を、一日24時間の何処かで取ればよい、というものではないんですね。

美容と健康のための、ゴールデンタイムと言われる午後10時から午前2時というのが理想ですが、なかなか、その時間帯に眠るのは現実問題、大変です。

特に、私は、電話での鑑定を希望されるお客様と、夜、お話ししていることが多いですからね。

もっと、遅い時間帯が良いとおっしゃられるお客様もおられて、電話鑑定を深夜にしていたために、睡眠時間帯を朝に持ってきていたのですが、おそらく、その生活を続けていたら、仕事自体を続けられない身体になっていたと思います。

遅い時間帯を希望されておられたお客様に、事情を説明させていただいて、昼間でも、電話での鑑定を承ることで、ご納得していただいたという次第です。

やはり、仕事をするからには、精度の高い、内容の濃い仕事をしたいものです。

その観点からいうと、常識的な時間帯に睡眠をとることが、とても重要になってきますね。

今回、お客様のご希望を最優先した結果、身体の不具合を生じたわけですが、それはそれで、後悔はありません。

お客様のご希望を大切にすることって、基本ですものね。

より良い仕事をするとお約束させていただいて、真夜中の電話での鑑定を終了させていただいた私です。

それでは、皆様、おやすみなさい。

おやすみなさい(紺屋の白袴、医者の不養生)

今夜の「おやすみなさい」は、画像なしでお送りします。

タイトルの括弧内の「紺屋の白袴、医者の不養生」は、自戒の意味も込めて、書いたものです。

占い師として、人様の運命を占っている身ですが、自分のことを占うのは、なかなか、難しいと感じています。

自分の吉凶を占いたいという感覚は、あまりありません。

そもそも、吉凶という考え方を、私の主たる占いであるカバラ数秘術では、しなかったりします。

季節でいえば、冬や梅雨の時期は、過ごしにくいと感じる人は多いでしょう。

運気が冬や梅雨のような具合だったとしても、その季節にふさわしい過ごし方をすれば、良いと考えています。

冬であれば、自分を鍛える時期と考え、コツコツと努力をする、梅雨であれば、雨降って地固まると考えて、起こってくることから学ぶ姿勢でいる、などですね。

つらいと感じることが、皆無とは言いませんが、えてして、起こったこと自体に良い、悪いと性格付けるのは、人間の勝手な思惑のなせるわざであると思っています。

ですから、私は、起きてくることに、一喜一憂しないでいたいと思います。

でも、そうはいっても、人間ですから、嬉しいこと、悲しいこと、やはり、ありますよね。

ことに、自分がいたらなく思えるときは、悔しいというか、情けないというか、もっと頑張らねば、と自分のお尻を叩いたりします。

忙しさの中で、心をなくすようなことにならないよう、ひとつひとつのことを、丁寧にこなしていきたい、そんなことを思う、今日この頃です。

それでは、皆様、おやすみなさい。

おやすみなさい(鑑定室の縮緬細工も秋本番です)

DSC_1124.JPG鑑定室の縮緬細工を、吉日を選んで、紅葉バージョンに替えました。

まだ、夏の名残りがある、今現在ですが、昨日だったかな、会社に向かう途中の道で、きんもくせいの香りに遭遇しました。

「!」という感じで、内心、衝撃を受けました。

だって、きんもくせいですよ。

10月なんだから、当たり前かもしれませんが、こんなに毎日暑いと、夏みたいな気分をひきずっているので、いざ、秋の使者にばったり会うと、いまさらながら、「秋だったんだ!」と驚きます。

サブワークの職場のスーパーでは、栗がよく売れていたり、さんまも毎日、たくさんのお客様が、購入されていて、すっかり秋の気分ですけどね。

実りの秋、芸術の秋、食欲の秋、スポーツの秋・・・・・。

秋は、いろいろに形容されますね。

蒸し暑い、日本の夏に、うんざりな私たちの、秋を待ちわびる気持ちが、あらわれているのかもしれません。

でも、ここ何年か、春と秋が短くなってきていますね。

この秋も、いつまでたっても、残暑が収まらない印象です。

そして、気が付いたら、急に寒くなって、「冬到来」なんでしょうか?

秋の夜長、私は、毎日、占いの仕事です。

先月は、エアコンを稼働させて、占いの仕事をしていましたが、今月にはいってからは、あまり、エアコンをつけていないですね。

やっぱり、秋なんですね。

今夜も、電話鑑定がありました。

ありがたいことです。

それでは、皆様、おやすみなさい。 

おやすみなさい(自分を裁く心を祝福すること)

今夜の「おやすみなさい」は、画像なしでお送りします。

今日は、友人と話していて、とても大切な気づきがありました。

その気づきについて、お話しさせてください。

私にも、覚えのあることですが、どうも、好きになれない人っているものです。

何が気に入らないと、はっきり自覚できれば、まだいいのですが、なんとなくいけすかない、とか、なんとなく嫌な感じがするとか、もやもやとしていて、そこに確たる根拠がみつからない場合もしばしば。

そうすると、人の心は、「好きになれない人がいる自分」を、責めたり、裁き始めたりするようです。

そこには、「訳もなく人を嫌ってはいけない」といった、優等生的な良心が働いているので、結論として、「自分がいたらないのだ」とか、「自分の了見が狭いのだ」というように、結局、自分を悪者にしてしまいます。

しかし、そういった、「自分が悪い」的な発想は、できれば、しないほうが良い考え方のひとつです。

なぜかというと、「責められるべきは自分」という、状態を望んでいると、宇宙が(潜在意識が)判断してしまい、つぎつぎ、自分にとって不条理な状況を呼び寄せてしまうからです。

では、どうしたらいいのでしょう?

最初、私は、「好きになれない人がいる私」のことを、祝福する、というシチュエーションを考えました。

でも、ダメでした。

どうしても、「好きになれない人を抱えた私」を、手放しで、賞賛したり、祝福したりは、できないのです。

でも、このままでは、再び、自分を責め、まずい状況を引き寄せてしまいます。

そんなとき、友人が以下のような提案をしてくれました。

だったら、こうしたらどうでしょうか?

「嫌いな人を抱えている私」のことを、裁いている心正しい私を祝福するのです。

私って、実は、こんなに、真面目で真摯で、自分に厳しいんだ、といった具合に。

ともあれ、自分のことを、ちゃんと、認めてあげて、さらに、応援してあげて、大好きだと思ってあげる、そういう祝福する気持ちが、運気をアップさせるのですから、ここは大事です。

セルフイメージの良しあしは、本当に、運気を左右します。

とかく、生真面目で、几帳面な人、責任感の強い人ほど、自分を責めがちです。

自分を責めてしまったら、次の瞬間、「私って、真面目で、良い人かもしれないな」と、自分を祝福してあげましょう。

そうして、まるごと、自分を受け入れましょう。

そんな、話を友人としていて、この友人との縁に、感謝している私がいました。

それでは、皆様、おやすみなさい。

おやすみなさい(今日の夕方、コンサートに行きます)

img225.jpg今日は、午後6時まで、サブワークの勤務なのですが、そのあと、私は、タクシーで、ある歌姫のコンサートに駆けつけます。

その方は、MINEHAHA(ミネハハ)さんです

CMソングの女王として、3000曲のコマーシャルの歌を歌ってこられたMINEHAHAさん。

商業的な音楽をあるとき、やめて、いのちの繋がりを歌に託される決心をされた方です。

MINEHAHAとは、ネイティブアメリカンの言葉で、MINEは水、HAHAは微笑みの意味です。

高い地位にある、ネイティブアメリカンの方が、MINEHAHAと名付けてくださったそうです。

この方の歌を初めて、生で聴いたとき、私の身体は、血行がものすごく良くなって、ポカポカとしてきたことを覚えています。

心に響く、この方の歌に、涙する人も多く、なにより、歌声の美しさに、圧倒されます。

また、歌の合間のトークも、とても楽しい方です。

「挑人」と書いて、「いどみすと」と読みます。

MINEHAHAさんの歌と、各界で素晴らしい仕事をされている方の講演のコラボ企画です。

今回は、ピアニストの飯田俊明さんが、いらっしゃいます。

なので、会場は、江崎ホールです。

私は、友人を通して申し込みをしましたので、18:30の開演には、少し遅れてしまいそうですが、チケットは確保されています。

毎日の忙しさにまぎれて、ほっとする時間が持てない方や、癒しを求めておられる方には、MINEHAHAさんの歌声は、奇跡のように効きます。

このコンサート、決して、後悔はさせない、素晴らしいものになるでしょう。

もし、ご興味がおありでしたら、090-7697-6543まで、お問い合わせを。

それでは、皆様、おやすみなさい。

おやすみなさい(「奇跡のリンゴ」観ました)

visual_1.jpg今日は、オフ。

母とともに、映画「奇跡のリンゴ」を鑑賞してきました。

劇場での、映画鑑賞は、本当に久しぶりです。

母が脚を悪くして、長時間、同じ姿勢でいると、すぐに立てなかったりするので、自然と映画館から遠ざかっていました。

でも、このごろは、少し、良くなってきていたので、思い切って、映画に誘いました。

なぜ、この映画を観たかというと、このごろ始めた、身体にわるいものを、入れない生活について、再考したかったからです。

薄めてあっても、コワイ成分が入った、日常つかう製品は、非常にたくさんありますね。

私は、このごろ、有害化学物質を含んだ製品を使わない生活を始めています。

また、食べるものも、有機栽培のものにしてみたり、気を使い始めました。

人体に有害なものをそばに置かない、そういう生活を始めてみて、心身が丈夫になってきているのを感じます。

ただ、そういう成分を含まない製品を作っている会社は、限られているし、また、一般に普及していないので、やや価格が高めです。

そういった、価格が高めの製品を購入できることに感謝しています。

さて、「奇跡のリンゴ」です。

奥さんが、農薬に敏感で、毎年、農薬をまく季節になると、体を壊すことに、心を痛めた主人公が、無農薬栽培のリンゴを作るまでのお話しです。

それは、本当に、辛酸をなめる生活で、信念がなければ、成し遂げられなかったことでした。

苦労を共にする夫婦を、阿部サダヲ氏と、菅野美穂氏が、好演しています。

また、二人を見守る、寡黙な舅を、山崎務氏が、しぶく演じています。

この映画を拝見して、私は、物事を本気で始めたら、10年は、まず、続けなければ成果を得るのは難しいんだな、と思いました。

実際に、無農薬のリンゴが、なったのは、劇中でも、11年目だったですし。

占い師を開業して、8年目の私、まだまだ、ひよっこです。

でも、eしずおかトライアングル占いのお話しをいただいたり、ありがたいことが続いています。

今日も、映画の始まる前に、セノバの五階の書店で、タロットの専門書を三冊買いました。

本を購入できることも、とっても嬉しいことです。

今日、購入したタロットの本は、私のこれからに、きっと役立ってくれるでしょう。

私も、信念をもって、この仕事を続けていこうと思います。

それでは、皆様、おやすみなさい。

おやすみなさい(怒りを祝福すること)

DSC_1017.JPG人との縁は、時間を超越しているな、と思うことの多い私ですが、出会ってから半年もたたない、一人の友人の存在が、まさに、そんな感じがするのです。

彼女は、とても意識の高い人なので、対面して、もしくは電話で、メールで、会話しているとき、多くの気づきを与えてくれる人です。

そんな彼女が、つい最近、肉親への思いにまつわる印象的な話をしてくれました。

彼女のプライベートなことなので、詳しい経緯は伏せさせていただきますが、その体験を通して、彼女は怒りや屈辱感、あきらめ、悲しみといった、一般的に負の感情と言われるものについて、いったん受容して、認め、感謝し、祝福することの大切さに気付いたと話してくれました。

実は、彼女の影響もあり、私は、最近、「神との対話」という本を読んでいます。

その本の中で、神は、私たちに起こる感情を通して、いろいろな意思をつたえている、というくだりがありました。

だから、喜びも悲しみも、神様からの贈り物なんですね。

通り一遍に、その部分を読み過ごしていた私ですが、彼女が、つらい体験を通して、体得した”さとり”にも似た境地に、私は、「神との対話」のその部分を鮮明に思い出しました。

そして、自分自身が、怒りを抑圧しがちなことに、そして、その抑圧した怒りが、私の心身にあまり良くない影響をあたえているかもしれないことに、彼女の体験は、そして彼女の”さとり”は、重要な示唆を与えてくれていることに気づきました。

一般的に、私たちは、怒りとか、悲しみとか、悔しさとか、そういった、いわゆる負の感情といわれるものに、ふたをしがちですね。

でも、ふたをしても、その感情はなくなりませんし、見ないふりをしても、たしかにその感情は存在しています。

だったら、彼女のように、そういった負の感情といわれるものについても、ちゃんと、真正面から見つめ、神様から授かったものとして、受容し、認め、感謝し、祝福したら、どうでしょう?

最初は、気持がついていかないかもしれません。

悔しさや敗北感といった感情は、真正面から見つめるのはつらいものですしね。

でも、感情は、すべて神様が私たちに意思をつたえていることから起こるものだとしたら、悔しさや敗北感も、神様からの授かりものです。

神様から授かった感情を、しっかり受け取り、認め、感謝し、祝福することで、私たちは、より尊いものに近づけるでしょう。

実際、肉親から受けた心の傷を、彼女は、その方法で、乗り越えつつあり、非常にすっきりとした表情をしていました。

私も、自分の中にある、怒り(それは、たとえば、自分が非常に太っていることに対して、自分に怒り、悲しみ、憤り、悔しく思い、人から馬鹿にされているという気持ちになったりしていることですが)を、一旦、神様からの授かりものとして、受容してみようと思っています。

私の友人のように、認め、感謝し、祝福するところまでは、もうちょっと、ふんばらないと、まだ、無理かな・・・。

怒りを祝福できたら、もう、怒りの感情は、私を傷つけたり、ノルアドレナリンを過剰に分泌させたりしませんよね。

私は、まず、怒りを受容します。

そして、自分の感情をもっと、解放しようと思います。

非常に「いい子」ちゃんな、感情でいなくてはならない、そんな縛りを、自分で自分にかける傾向のある私なので、何かに、もしくは誰かに、「いやだな」という気持ちになると、即座に、その感情にふたをして、なかったことにしようとしたり、「いやだな」と思った自分を責めてしまいます。

でも、そのことを彼女に話したら、「いやだな」と思っている私を、認めてあげてね、と言ってくれました。

そうですね、それは大切なことです。

私も、もっと、素直な感情を、自分に許そうと思います。

そして、もっと、のびやかに生きていこうと思います。

そう、心がけることが、きっと、私本来の良さを発揮できるようにしてくれるでしょう。

私は今、「幸いなるかな悲しむもの、かれらは慰められるであろう」という、マタイ福音書のなかの一節を思い出したりしています。

怒りを祝福できるようになったら、また、ブログで報告しますね。

それでは、皆様、おやすみなさい。

おやすみなさい(自分を尊ぶということ)

今夜の「おやすみなさい」は、画像なしでお送りします。

「ようちゃんは、自分を尊んでいて、素敵だね」と、最近、友人に言われ、「嬉しいな」と思いました。

その友人は、非常に意識の高い人なので、そんな風に言ってもらえることは、とっても嬉しく光栄なことなのです。

その言葉をもらって、私は、自分のことを、少し見直すことができました。

自分を尊ぶということは、文字通り、自分をとても大切にするということです。

人は、えてして、「私なんか・・・」といった考えに陥りがちで、なかなか、自分を大切にしたり、愛したりできなかったりしますね。

でも、考えてみてください。

自分を大切にできない人が、周りの人を大切にできるものでしょうか?

まず、自分を好きでいて、自分が自分の一番の理解者で、応援者で、ファン第一号であることの大切さを、あの、「幸せな小金持ち」で有名な本田健さんも述べておられます。

セルフイメージの良しあしは、その人の幸福度を左右しますから。

しかし、長いこと、私は、不遜なところがあると、自分のことを思ってきました。

たとえば、占いの勉強をしながら、警備員をしていたときも、「何よ、私は、佐藤洋子よ」と、何の根拠もなく、自尊心は高かったのです。

「私自身がブランドになりたい」、とも、起業セミナーに参加すると、そんなことを書いたりしていました。

実際、個人事業主は、自分自身がブランド化することで、事業がうまくいくように思います。

私は、そう書いたり、思ったりしながらも、「この考えは、ちょっと、不遜かもしれない」と、内心思っていました。

だから、これまで、公私ともに充実することがなかったのだと、思うのです。

今、私の仕事は、本業もサブワークも、とても充実しています。

そして、私は、自分を大切に尊んでいこうと思っています。

そうすることが、私の大切なお客様のお幸せにつながると思うからです。

自分を尊ぶから、人のことも尊べるのだと、思います。

良いものを長く使うライフスタイルは私の基本姿勢ですが、それも、贅沢なのではなく、自分を尊んだ結果、そうなったのだと、思っています。

「良いものを使うことで、そのものに導かれて、精度の高い仕事ができるようになりたい」、常々そう思ってきた私の感覚は、間違っていなかったのだと、友人の言葉で、確認ができ、とても嬉しく思いました。

そして、これからは、自分を大切にするように、周りの人を大切にして、生きていこうと思います。

誰一人、尊ばれなくてよい人などいないのですから。

私が、その人を尊んで、対することで、その人が自分の尊さに気づいてもらえるような、そんな振る舞いができる人になりたいです。

人と人は、上下でなく、相違しているだけだと私は思っています。

そして、どの人にも、尊さが宿っています。

自分を尊ぶ人が増えると、世の中はもっと、麗しいものになると思います。

どうか、このブログを読んでくださった方々が、太陽と月と星に加護されますように。

そして、自分を尊んで、生きていかれますように。

それでは、皆様、おやすみなさい。

おやすみなさい(占いの館ミューズ卒業)

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思うところあって、本日、2013年4月1日をもって、私は、静岡占いの館ミューズを辞めました。

辞めるというより、卒業という感じかもしれません。

ミューズに籍を置いて、鑑定士として仕事をした日々、それは、経験を積むという行為だったな、と思います。

私が、佐藤洋子研究室の仕事に、占いにかける自分のエネルギーのほとんどをつぎ込みたいと思うようになり、ミューズとの掛け持ち状態が、負担になってきていました。

こうして、新しい出発をすることになり、身が引き締まる思いです。

これからも、よろしくお願いいたします。

おやすみなさい(謙虚と卑屈)

謙虚と卑屈、自信と慢心、それぞれに、ものごとのプラス面とマイナス面を表していると思います。

カバラでは、1という数字のプラス面に、「強い意志」というものがある反面、それが行き過ぎると、「頑固」という欠点になる、という考え方をします。

いかに、バランスをとるか、は、カバラにおいても、重要な視点です。

中庸という言葉が、東洋にもありますが、バランスをとることがいかに大切かを、洋の東西を問わず、昔の人々が気づいていたことが大切だと思います。

人は、過ちをおかしたとき、どうしても、反対の方向に、大きく振れるようですね。

中国では、「羹に懲りてなますを吹く(あつものにこりてなますをふく)」という言葉で、それを戒めています。

日本にも、「過ぎたるは及ばざるがごとし」という、その一面を表した言葉があります。

昔の賢者は、人間の心の、不安定さを知り、行き過ぎることの、もしく足りないことのないように、教えを説いていたのでしょう。

私は、このごろ、四書五経を読んでみたくなりました。

なぜかと申しますと、韓国ドラマの話になって恐縮ですが、このほど、NHKのBSプレミアムで始まった「太陽を抱く月」というドラマの中のヒロインが、四書五経に通じていて、とても魅力的なのです。

四書五経のなんたるかを調べることから初めて、東洋文庫などで、ひとつひとつ、当たってみようと思います。

さて、表題にいたしました「謙虚と卑屈」、これは、私のテーマでもあります。

私は、このブログをご覧になられた方ならお分かりかと思いますが、非常に言葉づかいが丁寧です。

それは、もう、馬鹿丁寧というくらいで、慇懃無礼(いんぎんぶれい)にならないよう、常に気を使います。

基本的には、どんな方にも、敬意を持って接するよう、両親から教育されていますので、そのように振る舞うよう、いつも気を付けています。

それ自体、決して、とがめられるべきことではないのですが、人によっては、他人行儀だと、思われるようですね。

そのくらいなら、まだよくて、丁寧な言葉で低姿勢を貫く私を、自信がなくて、気が弱い人と、勘違いする方もおられます。

臨機応変さがないという評価をされたこともあります。

私は、誤解を恐れず、謙虚さを失うことなくいたいと思ってきました。

しかし、ここへきて、先日のブログでも登場した、天使とつながることのできる、cosmic美保さんの指摘に、目が開かれる思いがしたのです。

その指摘とは、「自分を認めてあげることが、洋子さんのテーマだと思いますよ」というものでした。

また、「力のある人が、自分の力を認めないと、いろいろ困難な状況におかれるというのが、私の観察から言えることです。」とも。

今まで、自分が謙虚でいることばかり、美徳と考えていたけれど、本当はそうではないのかもしれない、そう思い始めている私です。

誤解されたのも、謙虚というより卑屈になっていたからかもしれませんしね。

自分が努力して、身に着けたものについて、認めないのでは、お客様のお役にも立てないでしょう。

ですから、私は、慢心でない、自信を身にまとった人になりたい、そう、思うようになりました。

そして、もっと、世の中の役に立ちたいと思います。

それでは、皆様、おやすみなさい。

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