友人、知人は、自分の鏡です。

DSCN0652.JPG丸まっているトラちゃんの画像でお送りする今回のブログ、自分への自戒もこめた、やや厳しい内容になると思われます。

鑑定をさせていただいていますと、「私の周りには、つまらない人しかいないんです」とか、「あの上司は、本当におかしいんです」といった、人間関係に恵まれないことを嘆く言葉に遭遇することが多々あります。

そういったとき、先ず、私は、共感能力を使って、お客様のお心に寄り添うように努めます。

しかし、その努力は、あまり実を結ばないことが多いです。

お心の内に、自分を振り返ることを拒否する波動を感じ、共感し続けることができなくなるからです。

こういう言い方は、酷かもしれませんが、人間関係を形作っている大元は、ご自分の波長にあるのです。

周りにいらっしゃる方々は、ご自分の波長で引き寄せた人々なのです。

ですから、「つまらない人しかいない」とお思いならば、ご自分がそういう人になっていないかを、警戒、もしくは反省する必要があるでしょう。

また、「おかしい人」がそばにいる、というのは、その人の異常さを、お許しになっている自分自身がおられることに気付くべきでしょう。

人間関係は、ご自分が出している波長で形成されますから、友人、知人といった近しい人々をよく観察すると、ご自分がどんな生き方をしているか、自ずと見えてくるはずです。

ただ、「上司さんとか、職場の同僚というのは、自分ではどうしようもないでしょ?」という声も聞こえてきそうですね。

そうでしょうか?

「職場の上司さんが横暴である」と訴える方々に共通したテイストを、実は、私は感じています。

よく言うと、相手を立てることを知っている方々、です。

そして、相手を立てた結果、相手の横暴を許す結果になってしまった、というのがその主張です。

しかし、相手を立てているのは、その人自身を尊重しているから、というより、相手のポジションに対して、敬意を払っている、もしくは、(厳しい言い方をあえてするならば)へつらっているのです。

上司の方からすると、自分という人間にではなく、ポジションにへいこらしているだけなのだ、というむなしさがあるわけです。

「だから、多少の無理は通させろ」となってしまうなら、その上司の方も、欠落していますね。

お互い、欠落した同士、会うべくして会っているとも言えそうですよ。

ならば、どうすればいいの?とお思いですね?

やみくもに相手を立てた結果、横暴な振る舞いを許すことになったのですから、そもそも掛け違えた地点まで、意識を戻す必要があるでしょう。

ただ、上司の方には、職権というものがあり、気に入らない人間を飛ばすとか、そういった暴挙にでる人も、中には存在するため、この問題は、やっかいです。

心をつくして話せば、通じると言えたら、どんなにか良いと思いますが、人間には立場の威力を自分の力だと錯覚する弱さがあり、改めるべき点を指摘されて、逆上する人はその典型と言えるでしょう。

そう考えた時、なるほど、職場での人間関係は、理不尽なことも存在しますね。

「すまじきものは宮仕え」と、古(いにしえ)の人々が言っているのは、今も昔も、怨憎会苦(おんぞうえく・嫌いな人に遭わなければならない苦しみ)が人間の八苦の一つだからかもしれませんね。

さて、人間関係は鏡だと、よく言われます。

「私には、ろくな友人がいない」とおっしゃられるのは、先ほども述べましたが、「自分はろくでもない人間だ」と言っているようなものです。

人と人は、同じ波長をもった同士でなければ、縁というものでつながれることはないのです。

縁のある人というのは、多かれ少なかれ、ご自分と同じ波長を出している人であるとお思いになったほうが良いでしょう。

もし、「え、あの人と一緒の部分が、私に?」とショックを感じる人間関係をお持ちなら、なぜ、その方とのご縁をつづけているのでしょうか?

そうお思いになる時点で、その方とのご縁は、良縁ではないでしょう。

悪縁とまでいかなくても、必然性のある関係ではないのかもしれませんよ。

友人、知人は数を誇るものではありません。むしろ、その質に着目すべきでしょう。

少なくとも心から信頼し合える人を持っている人と、信頼関係にない友人、知人を多数持っている人、どちらがお幸せでしょうか?

ですから、今回のブログで、私が申し上げたいことは、人間関係に悩んだら、まず、ご自分のあり方を見つめなおしてくださいということです。

そして、良縁とは言い難い縁であるならば、断ち切る強さをお持ちくださいとも申し上げましょう。

人を変えようというのは傲慢です、変わってほしい人と縁をつないでいること自体が間違っているのかもしれませんよ。

さて、少々、厳しいことも申し上げましたが、ぜひ、ご自分の周りの縁を良縁でいっぱいにされることを、お祈りしています。

それでは、また、ブログでお会いしましょう。